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大阪地方裁判所 昭和35年(レ)20号 判決

判  決

大阪市住吉区帝塚山東四丁目一六番地

控訴人

籠本トメ

ほか五名

右六名訴訟代理人弁護士

木下清一郎

大阪市住吉区万代東三丁目一番地

被控訴人

中村泰之助

右訴訟代理人弁護士

白井源喜

右当事者間の昭和三五年(レ)第二〇号執行文付与に対する異議控訴事件につき、当裁判所は昭和三六年七月七日終結した口頭弁論にもとずき、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人等の負担とする。

事実

第一、当事者の申立

控訴代理人は「原判決を取消す。申立人籠本茂雄、相手方被控訴人間の大阪簡易裁判所昭和二七年(ユ)第七五四号家屋賃貸借継続調停事件の調停調書につき、昭和三〇年三月二六日執行文を付与せられた執行力ある正本にもとずく強制執行を許さない。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

第二、控訴人等の請求原因

控訴代理人は請求の原因として次のとおり述べた。

一、控訴人等の被相続人である亡籠本茂雄(以下茂雄と略称する)は、昭和二一年九月から被控訴人所有の大阪市南区難波新地三番丁三七番地宅地二一坪三合八勺(以下本件敷地と略称す)地上南向木造杉板葺平家建店舗二戸建一棟(以下本件建物と略称す)の内西側の一戸(以下本件建物の内旧部分と略称す)を賃借使用していたが、右賃貸借関係につき被控訴人との間で賃料不払に関して紛争を生ずるに至つたので、これが解決の為、茂雄は被控訴人を相手方として大阪簡易裁判所に民事(宅地建物)調停を申立てたところ、同庁昭和二七年(ユ)第七五四号賃貸借継続調停事件として係属し、調停が進められた結果、昭和二八年一月二四日別紙調停調書(以下本件調書と略称する)のとおり調停(以下本件調停と略称する)が成立した。そして被控訴人は茂雄に対し、昭和二九年四月三〇日本件調書第八項にもとずき、賃借家屋(本件建物の内旧部分及び本件建物の北側に接続する木造瓦葺平家建一棟建坪約七坪、本件調書第二項の建物、以下本件建物の内新部分と略称する。かつ前記旧部分と右新部分を併せて賃借家屋と略称する)を改造する旨の通知をし、右通知に定めてある六ヶ月の期間経過後、強制執行をする為め、昭和三〇年三月二六日同庁書記官補から右調書正本に執行文の付与を受けた。

二、しかしながら右執行文の付与は、その要件に欠缺があつて不適法であること次のとおりである。

(1)  本件調書第一ないし第七項は当事者間の従前の賃貸借が解除されたか否かの紛争を解決する為、当事者双方が譲歩して改めて賃貸借契約を締結することになり、これに関する細目を規定した条項であるのに対し、同調書第八項は本件建物改造の場合における当事者間の法律関係を規定した特別条項であり、その前段に「申立人は相手方が前項賃借家屋を改造する場合、相手方よりその旨の通知を受けた日より六ヶ月後直ちに賃借家屋を相手方に明渡さねばならぬ。」(右条項中、申立人とあるは茂雄相手方とあるは被控訴人、以下の条項中の記載も同旨)とある意味は、本件建物が朽廃し、または道路拡張等客観的に改造の必要が生じた場合にのみ改造ができるのであつて、被控訴人の主観的な恣意によつて改造できるというのではないところ、改造の通知が為された当時はその必要がなかつた。また右改造の必要がある場合といえども、茂雄を一時他に立退(明渡の意ではない。明渡の文言は誤記と認むべきである。)かせる為めに、同人に移転準備期間として六ヶ月の猶予を与えたのであるから茂雄は改造の通知を受けてから六ヶ月の経過とともに、賃借家屋から一時立退かなければならないというのである。従つて右の改造の通知は借家法にいわゆる解約の申入ではなく、また六ヶ月の期間は同法にいわゆる解約申入期間でもないから、右期間の経過によつて賃貸借は解除されることはなく、右解除にもとずく明渡をしなければならぬものではない。かように当事者間の賃貸借は右条項にも拘らず終始継続しているのである。このことは本件調書第八項後段に「申立人が遅滞なく右家屋を明渡したときは相手方は家屋完成後該家屋のうち前記賃借家屋のあつた部分の第一階を相当条件を以て申立人に賃貸する。」とあつて、本件建物につき改造後も一階の従前の部分をそのまま茂雄に継続して賃貸することを前提していることからしても明らかである。

右の相当条件とは改造工事にはかなりの経費を要する結果、改造後の賃借部分についての賃料については、入居の際従前の賃料よりも相当額に値上するという趣旨であるにすぎない、なお同じく第八項後段但書に「但し相手方が改造家屋完成したことを申立人に通知した日から二ヶ月内に申立人から相手方に賃借の申込をなさないときは、相手方は申立人が賃借をなす権利を抛棄したものと認めることが出来る。」との規定があるが、これも改造完成後その通知を受け、二ヶ月以内に入居しないときには、被控訴人において茂雄が本件建物の賃借権を放棄したものと認めるということであつて、本件建物の賃借権が継続していることを前提としての規定である。従つて右条項は家屋改造の為めに、茂雄と賃借家屋から一時的に他に立退かせる意味があるだけであるから、右条項は茂雄に給付義務を課するものではない。従つて茂雄に立退かない違反ありとするも、本件調書に明渡を強制する執行文を付与し得ない。

(2)  仮に「明渡」の文言が右にいう立退の意でないとしても本件調書第八項には約定に違背した場合の制裁規定がないから同項前段は単なる法律行為で債務名義にならない。すなわち改造の通知は借家法にいわゆる解約の申入ではない。

なぜならば解約の申入は、解約期間の経過を条件とした解除権行使の意思表示であるのに反し、こゝにいう改造の通知に従つて明渡すことは、単なる法律行為であるから、たとえ改造の通知が契約解除の前提であるにしても通知を受けた後六ケ月を経過して明渡の履行をしないときは、始めて賃貸人に契約解除権を取得せしめるにすぎない。

従つてこの違反を理由に解除権を行使し、別に家屋明渡請求の訴を提起して勝訴判決を得、その判決について執行文の附与を求めるべき場合に当るから、かゝる違反の事実の有無は民事訴訟法第五一八条第二項にいわゆる執行が条件に繋る場合でなく、裁判所書記官に審査権がないので、執行文を附与することはできない。

(3)  仮に右にいう改造の通知を借地法にいわゆる解約の申入とし、六ヶ月の期間を同法にいわゆる解約申入期間と解しても、明渡を受けるには同法第一条ノ二に規定する正当事由の存否、つまり解約申入の効果が生じているか否かに就いて、改めて裁判を受けてからでなければならない。

(4)  仮に本件調書第八項の「明渡」を文字通り解し、改造通知を受けた日より六ケ月の期間の経過とゝもに解約を生じ明渡さねばならぬ(執行文の付与を得て強制執行ができる)とすると、結局賃貸借の終了を賃貸人である被控訴人の一方的恣意に委ねる結果となり、甚しく公平の観念に反し、借家法の規定を無視することになるから、右第八項は同法に違反して無効である。従つてかゝる無効な条項を含む調停調書によつては、茂雄の前記違反の事実が証明されたとしても、執行文を付与し得ない。仮にそうでないとするも、茂雄は本件調停成立以来本件調書の各条項を忠実に履行している。すなわち右調停において茂雄が支払義務があることを認めた昭和二七年一二月末日までの延滞賃料並びに損害金として合計金七八三、〇〇〇円を支払い、かつ昭和二八年一月一日以降の賃借家屋の賃料として一ヶ月金四二五〇〇円を支払つているのに拘らず、本件調停成立後僅か一年有余を経過したに過ぎないのに、被控訴人において突如として家屋改造の通知を為し、六ヶ月の期間の経過とゝもに本件賃貸借が終了したものとして、本件調停調書に執行文の付与を受ける行為は、賃貸人としての信義則に反し、かつ権利の濫用である。

以上何れの観点よりするも、その要件に欠缺があるのに本件調書に執行文を付与したのは、不適法であるから、これに対しての異議を甲立に及んだ。

なお茂雄は、昭和三一年七月二六日死亡したので相続人である控訴人等において賃借家屋の賃借権を相続し、茂雄の賃借人としての地位を承継したものである。

第三、被控訴人の答弁

被控訴人代理人は答弁として、控訴人等主張事実中、茂雄が被控訴人より予ねて本件建物の内旧部分を賃借していたところ、控訴人等主張の日時に、大阪簡易裁判所において当事者間に本件調停が成立した事実、茂雄が被控訴人より本件調書第八項にもとずく賃借家屋を改造する旨の通知を受けた事実、右通知に定めてある六ヶ月の期間経過後、被控訴人において強制執行をする為め、控訴人等主張の日時に、主張の執行文の付与を受けた事実、控訴人等主張の日時に茂雄が死亡し、同人等がその相続人である事実は何れも認めるが、その余の事実を争うと述べ、本件調停成立に至るまでの経緯及び成立時の事情に就いて次のとおり述べた。

一、本件建物の従前の建物及び本件敷地はもと訴外保田栄三郎の所有であつたが、被控訴人は右建物を賃借し、美容院を経営していたところ、昭和二〇年三月空襲により焼失した。被控訴人は終戦直後右保田から右敷地を賃借、昭和二一年五月これを買受け(但し所有権移転登記は昭和二七年)、同地上に再び美容院を経営する為め本件建物を建築したが終戦後の事情で開業困難であつた為め、右建物を東西二戸に仕切り、同年六月二八日その西側一戸(本件建物の内旧部分)を茂雄に、東側一戸を訴外川村和三郎(以下単に川村と略称する)に賃貸、茂雄は同所において肉類の販売業を営んでいたが、茂雄及び川村は被控訴人の催告に拘らず賃料を支払わなかつたので、被控訴人は茂雄に対しては昭和二二年八月五日、川村に対しては同月六日到達の内容証明でそれぞれ賃貸借解除の意思表示を為した。しかるに茂雄は訴外坂下義夫から右家屋を買受けたと称して明渡に応じなかつたので、被控訴人は茂雄と川村を被告として大阪地方裁判所に家屋明渡請求訴訟を提起し、同訴訟は同庁昭和二二年(ワ)第八八六号事件として係属したが、右訴訟中茂雄は被控訴人が本件敷地を買受けた事情を知りながら、昭和二三年八、九月頃、訴外保田から右敷地を賃借したと称し、本件建物の裏側に本件建物の内新部分を増築したので被控訴人は請求を拡張し、右新部分の収去明渡をも求めた。そして審理の結果、昭和二七年七月二九日茂雄及び川村に対し、何れも賃料不払による賃貸借解除を理由として、本件敷地と共に本件建物を明渡し、賃料並びに賃料相当の損害金を支払わなければならない旨の被控訴人勝訴の判決があつたが、右判決に対し茂雄も川村も大阪高等裁判所に控訴し、茂雄に対する訴訟のみ同裁判所より大阪簡易裁判所の民事(宅地建物)調停に付され、前記家屋賃貸借継続調停事件として係属するに至つたものである。

二、被控訴人は本件建物が終戦後の物資不足の折応急的に建てた粗雑なバラツク建平家建築であつたので、美容院経営には適しないし、近隣物との釣合からしても、二階建以上に改造しなければならないと考えていたが、終戦後の粗雑なバラツク建のため、そのまゝでは二階以上を継ぎ足すことはできなかつた。

そこで全面的にこれを改造する必要があつたことなどから再び本件建物の内旧部分を茂雄に賃貸することを初めは拒んでいたが、本件調書第八項(殊に前段)を設けることによつて再度の賃貸借を承諾、他方茂雄も後記の如く改造後後の家屋について優先賃借する権利を認められることでもあるから、本件建物を改造すること、その為めこれを一応明渡すことを承諾し、こゝに本件調停の成立を見たのである。従つて右第八項前段は控訴人等主張のように、本件建物が朽廃し、または道路拡張等客観的に改造の必要を生じた場合のみ、改造できるという趣旨のものではない。尤も被控訴人は一方前記川村に対する家屋明渡等請求控訴事件が未だ大阪高等裁判所に係属中であつた為め、同事件の結末がつくまでは、本件建物の改造の見通しがたてられなかつたので、右条項中に改造の確定日時を表示することができなかつた。しかしながら同条後段に規定するように、改造完成後は茂雄にもと賃貸していた一階の部分(但し二階への上り口を除く)を改めて相当条件で賃貸することについて予約(勿論茂雄において前段の明渡義務を履行したときに限るのであつて、そうでなければ賃借する権利を失う)をしたのであるから、前記川村の場合に比較しても茂雄に不利益とはいえない。しかして川村に対する前記家屋明渡等請求控訴事件が、昭和二八年一〇月二〇日前記裁判所において和解成立により終了し、同年一一月三〇日同人が賃借していた本件建物東側一戸の明渡を受け、本件建物の改造が可能となつたので、本件調書第八項にもとずき昭和二九年四月三日茂雄に対し、賃借家屋の改造の通知を為したのであるが、茂雄において所定の六ヶ月を経過するも、賃借家屋の明渡をしなかつたので、被控訴人は更に昭和二九年一二月二五日に明渡の催告をし、昭和三〇年二月中旬から改造工事に着手したのである。

かように本件調書第八項は、被控訴人より茂雄に対し、賃借家屋について改造の通知をなし、その後六ヶ月を経過したときは当時者間の賃貸借は終了するものであつて、茂雄において賃借家屋を明渡すべき義務を認めたものである。

従つて右明渡義務の不履行に対し強制執行をすることにつき被控訴人において右執行条件の履行を証明し、債務名義である右調書に執行文の付与を受けたのであるから、その要件に何ら欠缺するところはない。よつて右執行文の付与は適法であるから控訴人等の本訴請求は理由がない。

第四、証拠(省略)

理由

先ず本件調停成立に至るまでの経緯に就いて見るに、(証拠)を綜合すると、被控訴人は終戦後訴外保田栄三郎からその所有の本件敷地を買受け、昭和二一年五月頃、右敷地の他人による不法占拠を防禦する目的もあつたので、右敷地上に将来本建築する予定で一先ず仮設的に本件建物を建築したが、目的とする美容院を経営するには当時資材の入手が困難であつた為め、右建物一棟を二戸に仕切つて一時これを他に賃貸することゝし、その頃右建物のうち西側一戸(本件建物の内旧部分)を茂雄に、東側一戸を川村に賃貸した事実が認められる。右認定に反する証拠はない。

しかして茂雄が同所で肉類の販売業を営んでいたが、同人及び川村の本件建物に対する賃料不払のことで当時者間に紛争を生じ、被控訴人において茂雄及び川村に対し、被控訴人主張の訴訟を提起し、拡張した請求と併せて審理を受けた結果、主張の日時に主張の内容の被控訴人勝訴の判決があつた事実、これに対して茂雄等が被控訴人主張の控訴を為したが、茂雄に対する訴訟は被控訴人主張の裁判所の調停に付された事実は、何れ控訴人等の明らかに争わないところであるからこれを自白したものと看做す。

次に控訴人等主張の日時に本件調停が成立した事実、被控訴人が茂雄に対し本件調書第八項により賃借家屋を改造する旨の通知を為し、右通知に定めてある六ケ月の期間経過後、強制執行をする為め被控訴人主張の日時に、主張の執行文の付与を受けた事実、茂雄は昭和三一年七月二六日死亡し、控訴人等がその相続人である事実は、何れも当事者間に争いがないところ、控訴人等は右執行文の付与は、その要件に欠缺があつて不適法であると抗争するので、以下この点に就いて判断する。

抽訴人等はその主張二の(1)において、本件調書第八項前段について、本件建物が朽廃し、または道路拡張等客観的は改造の必要が生じた場合のみ改造できるのであり、その場合にも茂雄を一時他に立退(明渡ではない)かせる趣旨に過ぎないのである。そして本件で改造の通知が為された当時は、右にいわゆる改造の必要がなかつた旨主張するのであるが、右条項には文言上も何らそのような制約はなく、また明渡を立退の誤記と認むべき証拠はない(しかも控訴人等主張のように明渡と立退と別義に解すべき理由さえない)のみか、前認定の本件調定成立までの経緯事情に併せて、(証拠)によると本件建物は戦災後のバラツク同様の粗雑な平家建築で、被控訴人が目的とする美容院の経営には適しなかつたし、近隣建物との釣合からしても早急に二階以上に改造の必要があつたが、本件建物東側一戸に居住していた川村に対する前記家屋明渡等請求控訴事件の結末がつくまでは、その工事に着手できなかつた事実、右事件解決の時期の見通しが立てられなかつたので、茂雄に対する明渡の日時を確定することができなかつた為め、右条項中にその旨を表示することができなかつた事実、また茂雄等に対しすでに第一審の勝訴判決を受けていたことであるし本件建物について早急改造の必要を強く感じていたので、被控訴人は本件調停において再び茂雄に賃貸することをためらつていたが、茂雄においては改造の通知を受けた日より六ヶ月後に直ちに賃借家屋を明渡す旨を約し、その旨の規定が本件調書第八項中に設けられることになつたので、再度の賃貸借を承諾した事実、茂雄においても賃借家屋を明渡す代償として、右第八項後段に規定するように、改造後の家屋について優先賃借する権利を保留されることを諒として右条項を承諾した事実が認められる。右認定に反する証拠は前記証拠に対比して容易に信用できない。

控訴人等はその主張二の(1)において、本件調書第八項は、本件建物に対する賃貸借が終了するのでなく終始継続しているのであつて一時立退の意である旨主張するものであるところ、勿論これに符合するような(中略)の証言があるが、これは後記認定の事実に照らして容易に信用できない。ま右第八項をかく解すべき理由はない。他にこの主張を認めるに足る証拠はない。

前認定の本件調書第八項の合意成立に至つた事情と、(証拠)とを綜合すると、本件建物は昭和二十二、三年頃建てられた粗雑なバラツク建平屋二戸一棟の建物であるし、近隣建物との釣合もとれなくなつて来た上、かねての美容院の経営もできないので、被控訴人としては本件建物を取毀つて三階建の本建築に建直す計画であつた。それで改造の際は本件建物はそれ自体として形態的には滅失することになり、茂雄においても調停成立当時当然このことを知つていたものである。従つて右第八項は改造の際は本件建物が取毀されて滅失し、これに対する賃貸借(賃借権)は終了することを予定して、茂雄においては改造の通知を受けた日より六ケ月後に直ちに賃借家屋を明渡すこと、その代り遅滞なく明渡したときは被控訴人は茂雄に対し改造家屋完成後に改めて本件建物の内旧部分にあたる第一階の部分を相当条件に以つて賃貸することを規定したものであることが認められる。従つてまた本件建物改造の場合、控訴人において茂雄に対し改造の通知をなすこと、つまり解約権を行使することによつてその通知を受けた日より六ケ月を経過した時に茂雄の本件建物に対する賃借権は当然消滅するものと解するのが相当である。そして本件調書第三項によると、本件調停によつて調停した賃貸借には期限の定めのない旨が規定せられているが、右第八項によつて被控訴人の解約権が留保されているのである。しかし解約権行使の時期すなわち本件建物改造の時期については調停条項に明かに規定せられていないところである。茂雄も被控訴人も将来において必ず改造せらるべきことを予定して調停するに至つたことは前段認定の通りであつて、解約権行使と六ケ月の経過によつて本件建物の賃貸借は消滅する。しかも前段認定の本件調停に至るまでの経緯、本件調書第八項の合意成立の事情などを併せ参酌して考察すると、本件調停による茂雄被控訴人間の賃貸借は一時使用のためのものであつて、借家法の適用のないものとみるのが相当である。

控訴人等はその主張二の(2)において本件調書第八項には約定に違背した場合の制裁規定がないことを理由として異を立てゝいるけれども、およそ債務名義の内容自体は執行機関が執行実施の際に容易にこれを解釈できるように明確なものでならぬこと勿論であるけれども、給付義務の表示の外にこれが違反の場合の制裁規定まで付さなければならぬものではない。本件において右第八項には、被控訴人から茂雄に対する賃借家屋の明渡義務の発生することが明示されてあること前認定のとおりであつて、債務名義として何ら欠けるところはなく、又右六ケ月の期間経過後、明渡の不履行を理由として始めて契約解除権が発生するにすぎない旨の控訴人等主張はこれを認める足る証拠はないし、本件調書第八項自体も直ちにかく解することは困難である。

控訴人等はその主張二の(3)において本件調書の第八項の六ヶ月の期間を解約申入期間と解しても、明渡を得るには借家法第一条の二の正当事由の存否について改めて裁判が必要である旨主張するのであるが前段認定の通り本件の賃貸借には借家法の適用がないので右主張は理由がない。

更に控訴人等はその主張二の(4)において、本件調書第八項の明渡を文字通り明渡を強制出来るものとすると、賃貸借の終了を被控訴人の一方的恣意に委ねる結果になり甚しく公平の観念に反する。借家法の規定にも反し無効である旨主張するが、本件賃貸借は借家法の適用のないところであるし、(中略)証言中の、本件建物は原告(控訴人等)と隣りの川村とが一諸に明けないと改造がうまくゆかぬことは知つておりましたので本件調停中は隣りの川村が明けるんだつたら原告の方もその翌日でも明けてよいとの気持を持つておりました旨の供述と前段認定の本件調停に至るまでの経緯、右第八項の合意成立の事情とをあれこれ考察してみると右第八項の明渡は甚しく公平の観念に反するとは認められないところである。

最後に控訴人はその主張二の(5)において、本件調書の条項すなわち本件建物の延滞賃料及び損害金等の支払を忠実に履行して来たのに拘らず、本件調停成立後僅か一年有余を経過したに過ぎないのに、本件貸借を解除して、本件調書に執行文の付与を受けることは、信義則に反し、かつ権利の濫用であると主張するけれども、右支払義務は本件調停で合意された義務であり、またかゝる義務の履行は賃借人として当然守るべき義務であるから、控訴人等においてこの点を特に強調すべき必要はない。また前段認定の本件調停に至るまでの経緯及び本件調書第八項の合意成立の事情、及び前記原審証人木下清一郎の証言から考察すると右一年有余の期間の経過によつて本件賃貸借を解除することは、著しく信義則に反するとも、権利の濫用とも認められないところである。

そうだとすると、被控訴人において本件調書につき執行文の付与を受けるべき要件には何ら欠けるところがないのであるから控訴人等の本件異議の申立は何ら理由がない。

よつて右と同旨に出た原判決は結局正当であつて、本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三八四条に則つてこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき、同法第八九条、第九三条第九五条を適用して主文のとおり判決する。

大阪地方裁判所第一〇民事部

裁判長裁判官 石 橋 甚 八

裁判官 白 井 美 則

裁判官 安 達 龍 雄

調停条項(一、二、四から七までと九は省略)

三、相手方は申立人に対し第一項及び第二項記載家屋を昭和二十八年一月一日より期限を定めず家賃一ケ月金四万二千五円毎月末日其月分を持参支払の約にて賃貸し、申立人は同断之を借受けた。

八、申立人は相手方が前項賃借家屋を改造する場合、相手方より其の旨の通知を受けた日より六ヶ月後直に賃借家屋を相手方に明渡さねばならぬ。申立人が遅滞なく右家屋完成後該家屋の内前項賃借家屋のあつた部分の第一階を相当条件を以て申立人に賃貸すること。但し相手方が改造家屋完成したことを申立人に通知した日から二ヶ月内に申立人から相手方に賃借の申込をなさないときは相手方は申立人が賃借をなす権利を抛棄したものと認めることが出来る。

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